《クールな彼は欲しがり屋》
「ちょっと、来い」
私は沢田課長に手首を掴まれ、引っ張られていた。
引っ張られ歩く間に「ヒュー」とか「やるぅ」とはやし立てるような声が聞こえてきた。
こんな風にしたら、余計に噂を立てられてしまう。
廊下に出て、少し歩いたところで沢田課長は、ようやく私の手を離した。
「あり得ないよな、なんだ、さっきの秘密がどうのとか」
沢田課長は険しい顔をしていた。
「佐野さんに色々聞かれたら、むきになってしまいまして」
「で、結果があれか。立ち上がって興奮しやがって」
「すいません。でも、無視してくれていた方が良かったんじゃないかと」
「そう思ったよ。無視しようって。何が起きても、あんたを無視するって昨日の夜中から決めてた」
沢田課長は、額を掌で押さえながら、ちらっと私を見た。
「でも、無理だった」
「え?」
「あんたを昨日出会っただけの部下だと思い込むつもりだった。言った通り、一年前の女じゃないって」
「はぃ」
「でも、無理だった。さっき、あんたがポツンと立って馬鹿みたいに途方にくれた姿みたら......」
私の目の前に立つ沢田課長は、言葉を途中にして私をじっと見おろした。