《クールな彼は欲しがり屋》
「あんたを忘れることなんか出来ないし」
「え?」
「放っても無視も出来ない」
「沢田課長....あの」
不意に沢田課長が私をぎゅっと抱きしめた。
例えようもないくらいに胸がドキドキしていた。
「一年前のあの夜から、ずっと俺は一人の女を忘れられなかった」
沢田課長の腕の中で私は、かちんこちんに固まっていた。
「忘れることが出来なかった女にやっと出会えたんだから、どうしたって記憶をすり替えることは不可能なんだ」
「でも、沢田課長....」
「あんたは、俺の心を盗んだ悪党で、一年前から、とっくに俺の女だ」
馬鹿げた話だ。ストーカーちっくだ。
反論しようとして沢田課長を見上げた。
すると、有無を言わせないほどの速さで、私は沢田課長に唇を奪われていた。
エレベーターホールから少しだけ離れた非常階段近くの廊下。階段を利用する人は少ない。人が通ることは、めったにない場所だが、誰かが来たらどうしよう......その思いにとらわれていた。
それでも、場所が会社だということも恥ずかしいということも忘れてしまうくらいに私は沢田課長のキスに夢中になっていた。
理由はわからない。だが、一年前とは違いキスは未経験ではない。相手は同じだということもあるせいか、今日のキスには多少の余裕がうまれていたようだ。
沢田課長のキスをただ受けとめている、いわば受け身の状態でも私は十分に満たされていく。
自然体でいれば、キスでも感じることができるんだと初めてわかった気がした。