《クールな彼は欲しがり屋》
「無理すんな。腹ががばがばになる。それより、せっかくだから、なんか食いにいくか?」
「行きません」
三杯目に飲んだレモンティーを飲み干し、紙コップをにぎりつぶした。
「なんだよ、用事か?」
「まあ」
用事なんか無かった。
がばがばの腹で家に帰るだけだ。
「大事な用なら仕方ないが、そうじゃないなら俺の為にずらせよ」
「はあ?ずいぶん俺様ですね」
ギロリと沢田課長を睨むと、沢田課長の方は顔をほころばせて、なんとなく優しく私を見ている。そんな気にさせる瞳だった。
「じゃあ、俺たちの為にずらせ」
沢田課長は、椅子を私の方へ近づけてきた。
「私の為には、なりません」
沢田課長は、私の表情を窺うようにして
「正式に付き合う男がどんな奴か、良く知りたいだろ?俺も好きな女がどんな奴か、もっと知りたい」
といいながら私に顔を近づけてきた。
少し体を仰け反らせて、私は沢田課長から離れようと努力した。また、不用意にキスでもされたら、たまらない。
「し、知らないで好きな女だなんて良く言えますね」
「おかしいか?」
「はい、かなり」
「俺もそう思う。かなり、おかしいよ。俺は一年前のあの日からずっとな。自分で自分を笑える。たった一度きりで最後までいけなかった中途半端な思い出が....あの夜の女が今までで会ったどの女よりも一番鮮明で忘れがたい思い出になってる」
「忘れがたい思い出?」
「ああ、あの日の泣きながら「怖い、恥ずかしい」と泣くあんたは、素直で最高に綺麗だった。俺なんかが簡単に手を出しちゃいけない女って、そんな風に思えた」
恥ずかしさがこみ上げてきた。あの夜のことを私も鮮明に覚えている。なんせ、人生で初めてのことが多かった日だから、
「まさか、今も同じ気持ちだとか言いたいんですか?」
「ああ。今も、同じ気持ちだ。あんたはあの日のままだし、綺麗で愛しいよ」
ふっと沢田課長の口元に白い歯がこぼれた。それを見て、ドキッとしていた。
なんて、綺麗な笑いかたするんたろう。