《クールな彼は欲しがり屋》

「飯は?」

「こ、これからです」
イケメン上司から業務外の時間に電話がきて業務外のことを話す。これは新鮮で、ある種生々しい。

へんな期待や考えをめぐらすなという方が無理だと思う。

「じゃあ、俺もまだだから一緒に食おう」


「でも、もう家の近くでして」

「俺が慶子の方までいくよ」
け、慶子っ。
いきなり下の名前を呼び捨てしてきた!

胸がドキドキしている。こんな気持ちは生まれてきて初めてだ。

「あーでも、外で待つのもしんどいよな?」
確かに外でぶらぶらして待てるような季節ではない。

「確かに..そうですね」

「先に適当な店に入っとく?」

「ひとりで居酒屋とかレストランとか、入った経験がなくて」
わたしは、こうみえても『おひとりさま』が得意な女じゃない。かなりの小市民で気弱なヘタレ体質だ。

「そっか。それもしんどいよな?そしたら、家にいて」

「は?」
その提案は、安易に承知するべきではないように思えた。

「慶子のうちに俺が弁当買って行くから」

「いやぁ、お弁当ならひとりで食べた方がいいかと」

「そうか?なら食材買ってくよ」

「え、それなら私が買って用意しておいた方が無駄な時間が少ないかと」


「それもそうだな、寒いし鍋でもやる?それなら二人でたべる意味があるだろ?」

「はあ、鍋なら。お弁当よりは」

「じゃ、俺は、お酒でも買っていく」

「なんの鍋にします?」

「そうだな、すき焼きにするか?高い肉買ってくから慶子は野菜を用意しといて」

「すき焼きなんて久しぶりです」
高い霜降り牛肉を想像したせいかテンションが上がってきていた。

「俺も」

「あ、牛脂もらってきてくださいね」


「うん、わかった。じゃ、あとで」

「はい、あとで」

ん?
通話を終えてからスマホを見つめた。

なんか私は完全に向こうのペースに乗せられたようだ。
いいようにはめられた?

そんな気がした。
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