《クールな彼は欲しがり屋》
「沢田課長」
沢田課長が怖い顔して立っていた。私の前に立つ正史を見ている。
「ケイ、同じ会社の人?」
「そお、そおなの、会社の....上司」
そう説明した私の肩をだきよせ、沢田課長は
「ただの上司じゃない。付き合い出したので、私は春川慶子の恋人です」
と自ら説明を付け加えた。
「恋人?」
驚いたような正史の声。
「えぇ、あなたは?」
「僕は....ケイの幼なじみです」
「あー、そうてすか。実は、今から二人で慶子の家ですき焼きをやるんです。良かったら、あなたもどうですか?あーでも高級肉は三人で分けるには少ないかなぁ」
私の肩を抱く沢田課長の手に力が入った。
「何しろ肉は二人分しか買ってないので」
隣に立つ沢田課長がやけに近くにいるせいで、緊張して体がこわばっていた。
「いえ、お邪魔ですよね、今夜は....遠慮しときます」
正史がくしゃっとなる笑顔をみせた。
「そうですか?それは残念だなぁ」
本当に残念だと思っているのだろうか。
私は沢田課長の細くなった瞳を窺うように見た。
「....じゃあ、えっと..これ」
正史は、買い物袋を私の前に差し出してきた。
「ごめん、ありがと」
私が手を伸ばす前に
「どうも」と沢田課長が自分のものみたいに買い物袋を受け取った。
「ケイ、じゃあ、またな」
「うん、また」
正史が私に背中を向けて歩いていく。
まるで、一年前みたいだ。あの日も正史の背中を見送った。思い出が重なり、胸が締め付けられる。
「あれか、一年前に慶子をふった奴」
「はあ、まあ」
「追いかけたいか?」
思わぬ言葉に驚いて沢田課長を窺う。
怒っている風じゃなくて、沢田課長の目元は、なぜか優しげだった。
「いえ、特には」
「話あったのかな、あいつ」
「さあ」
もう、正史への思いは立ちきった。ただ、気になる。
連絡もしないで、なにしに来たのか。
私に何を確かめたかったのだろう。
「気になるなら、聞いてこいよ」
「え?」
沢田課長は、一体どういうつもりでそんなことをいうのだろう。