《クールな彼は欲しがり屋》
「気になって、すき焼きに集中出来ないんじゃ困るからな。なんせ、高級肉だから」
フッと口角を上げたイケメン上司。
「いいんですか?」
「ああ、行ってこい」
爽やかな笑顔だ。
そんな風に笑顔を見せられたら、行きにくい。
それに、正史との話によっては私は沢田課長とすき焼きなんか食べられなくなるかもしれないのに。
それなのに、私を他の男のところへ笑顔で送るなんて、沢田課長はどうかしている。
「俺は気が短いんだ。気が変わらないうちに行けよ。野菜は預かっておく。すき焼きの予定はキャンセルってことにしよう。俺は忙しいんだ」
「はあ」
返事に困る。
本当にいいのだろうか。
迷っていたら、沢田課長は、私の顔の目の前にイケメンな顔を近づけてきた。
笑顔は消して、怒ったように睨みをきかせてくる。
「いっとくが、俺の予定は簡単には空かないからな。今度いつ、俺とすき焼きが出来るかは、全くわからないぞ」
喧嘩をうるような感じで早口にまくし立ててきた。
「....はぃ」
「予定は、ぎっしりつまってる」
「はあ」
「でも、すき焼きが食べたくなったら電話しろ。一応すき焼きを食べる時間があるかないか、確認くらいはしてやるから」
「わ、わかりました」
「よし、じゃあ、いけ」
短気な沢田課長は、私が行くのも待たずに買い物袋を下げて一人で駅とは反対方向へ歩いて行ってしまう。
私の返事も待たずに、一人で決めて一人で帰るなんて、やっぱり沢田課長は短気だ。
それでも、確かに気になっていた。
わざわざ来てくれた正史の話。
駅へ向かった正史のあとを追いかけるようにして私は駆け出していた。
何を話したかったの?正史。
好きな人とは、どうなったの?正史。
元気だった?正史。
一年の間、どうしてたの?
走りながら過去の出来事をあれこれ思い巡らし、正史の背中を必死に探した。