《クールな彼は欲しがり屋》
「え?あれっ、葵は?」
隣にいて私の失恋話を聞いていたはずの葵がいなくなっていた。代わりにやけに鼻筋が通ったスーツ姿の男が座っている。
「え、あれ?あの....あなたいつからその席に?」
「一時間前くらいかな」
男は、前を向いたままどっしりした重そうなグラスを持ち琥珀色の液体を喉に流し込んだ。
ごくごくと飲むたびに男の喉仏が上下に動いた。
「一時間?そ、そんな長い時間座ってたんですか?私の隣に」
驚きすぎて、ゾッと寒気がした。全身の血の気がなくなってきたような感じだ。
男はグラスを置いて腕時計を眺めた。
「正確には、1時間3分だ。その頃、この店は、かなり混んでいた。席が見当たらないから入り口へ引き返した俺に女が『もう、出ますから。ここ、どうぞ』って、この席を譲ってくれた」
男は、初めて私の方へ顔を向けた。
ハッとするような、酔いも覚めるような私好みの塩顔イケメンだった。
斜めバンクの前髪を指先で払うようにしてから、男は私をじっと見つめた。
「あんた、話し方上手いな」
恥ずかしさ満載の私を男は妙な角度から私を誉めてきた。
「え?」
「聞いてて飽きなかった。途中何度か同じようなことを繰り返してたけどな、それでも飽きなかった」
「ずっと聞いてたんですか?私の....失恋話」
「ああ、俺がコートを脱いで座る前から1人でぐちぐちねちねち話してたから嫌でも耳に入ってきた」
「......」
なんて恥ずかしい。
見ず知らずの男に、いや、ひとりで失恋話をペラペラと話していたなんて。情けなさすぎる。