《クールな彼は欲しがり屋》
肩で息をしだした私の前で
「俺が野菜洗おうか」
シンクの前に来て、ワイシャツの袖をまくりあげる沢田課長。
男らしい腕を見せつけられ、まるで私は沢田課長の裸を想像しろと言われている気分になってきた。
「顔、赤いな。暑い?」
沢田課長は、白菜を刻む私の顔を覗きこんできた。
うわっ。
包丁を持つ手が震える。
「見ないでください。集中したいので」
「何に?白菜切りにか?」
「......」
「いい加減、俺に集中したら?」
包丁がまな板に着地した。
もう、無理だ。
恋愛マラソンの給水場の目の前で、私の足は止まってしまった。
「ハードルが高すぎて、私には無理です!」
「ハードルだと?」
「はい、恋愛にうとい私には沢田課長っていう人は、ハードルが高すぎます。とても超えられません」
「慶子は超えなくてもいい」
「え?」
私の顔を覗くようにして、沢田課長の顔が近づく。
やかて、鼻先が当たるくらいに近づいた沢田課長が
「俺が超えればいい」
と言い、断りも無く私の唇に自分のを重ねた。
そうだったのか。
恋愛マラソンって、私だけが頑張って走るものじゃなかったんだ。
私の目の前にハードルを超えてきた沢田課長が立っていた。
倒れそうな私に沢田課長が見たことがないくらいにキラキラした紙コップを差し出してきた。
中を覗くと世にも美味しそうな飲み物が入っている。
シュワシュワした炭酸の飲み物だ。
マラソンの途中で炭酸は...。
それでも私は勇気を出し、手を伸ばして沢田課長からコップを受けとった。