《クールな彼は欲しがり屋》
沢田課長がすき焼きの高級肉を先に焼いてくれた。
「先に食べてみろ。絶対にうまいから」
出た。凄い自信。
絶対なんて言葉を私は使ったことがあっただろうか。
自信があるものなんか何もない。
スポーツも出来ないし、頭を使うことも得意じゃない。
人より理解力もないし、気もきかない。
唯一誇れるのは、そんな自分を客観的にみれていることくらいか。
自分がどのレベルにいる人間か、わかっている。
私には、沢田課長レベルの男は不向きだ。
皿に乗せられた見るからに美味しそうな艶やかな高級肉。
この肉自体が自分の見た目、味に自信を持っているように思えた。
「美味しそうです」
「そうだろ、沢山食べろ」
沢山美味しい肉を食べさせて、私に恩を売るつもりだろうか。沢田課長の目的は、やはり別にあるんじゃないだろうか。
口の中でとろけた肉。
「とろけた..」
「そうだろ。慶子に食べさせたくてさ、この肉」
肉を焼きながら目元をほころばせる沢田課長。
「私に高そうなお肉を沢山食べさせて、一体どうするつもりですか?」
「は?」
「一年前のリベンジをするつもりですか?」
肉をひっくり返した沢田課長の手が止まる。
「高級霜降り肉で釣れば私をどうにかできると?」
「....肉がエサか?」
鼻で笑った沢田課長。
「馬鹿げてる」
「いーですよ、私。肉に釣られても」
「慶子、俺は」
私は自分の手でブラウスのポタンに手をかけた。まさか保守派の自分が、すき焼きの途中で服を脱ごうとするなんて考えてもいなかった。
恋愛マラソンなんて何から始めるべきかもわからない。
手探りではじめた恋だから、完全に私はテンパっていた。大体、沢田課長が悪い。
私の前に突如現れた高めのハードルを勝手に超えて、キスまでしてきたのだから。
あそこから、私はおかしくなっている。
マラソンの途中でコースを外れ、舗装されていない砂利道を走っている状態になっていた。