《クールな彼は欲しがり屋》

「....ときめいた」

「え?」

持っていた湯飲みを茶托の上に置いて、ゆっくりした動作で沢田課長は立ち上がった。

「慶子に名前を呼ばれて、ときめいた」

「本当に?」

「だから、また呼んでもらいたい」
沢田課長が私のところへ来た。
見上げると、すぐちかくに柔らかな笑みを私へ向けている沢田課長がいる。


「健....太、郎」

「慶子」

「健太郎....」

沢田課長は、健太郎っていう名前を持っていた。
正史以外の男性の名前を呼び捨てにするのも初めてだ。

健太郎の右手が私の後頭部にかけられた。
段々近くなる健太郎の顔をじっと見つめた。

「健太郎」

名前を呼んだ私の唇を健太郎の唇が塞いだ。
健太郎の唇が、私の上唇を挟む。キスをしたのは、何回目?

初めてのキスの相手は、健太郎だ。そして、今のキスの相手も健太郎。

私の唇は、健太郎にのみ開かれる。

恋愛マラソンも後半。
酸欠になった私に酸素ボンベを手渡してくれた健太郎。
どうにか呼吸を整え健太郎の後をついて走った。

途中、何度も私を振り返ってくれる健太郎。

長く続くようにみえていた上り坂から、今度は下り坂になっていく。カーブになっていて先が見えない。

予想できない道に気持ちが不安になっていく。







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