彼の甘い包囲網
塾での授業中。


板書をしながらも、問題を解きながらも。

私の頭の中には先刻の奏多の表情と言葉だけが何度もリフレインされていた。


胸の痛みはしこりのように奥底に沈んで。

見て見ぬふりをしてやり過ごそうとするのに、かなわず。

授業内容はちっとも頭に入らなかった。


「楓、帰らないの?」


頭上から声をかけられて。

ハッと顔を上げると心配そうな顔をした紗也と拓くんがいた。


「……え、あ……」

「楓ちゃん、大丈夫?
体調悪い?」


拓くんが気遣わし気な声をかけてくれる。


「あ、平気、平気!
ごめん、ちょっと考え事してただけ」


無理矢理笑う。

ゴソゴソと鞄を取り出すと、何か言いたそうな紗也と目が合う。


「……本当に?
楓、泣きそうな顔してるよ?」

「……」


質問には答えずに教室を出て、エレベーターに三人で乗り込む。

拓くんが優しく紗也にマフラーを巻いてあげていた。

二人の様子を見て何故か胸が詰まった。


エレベーターから下りると。

塾の入口がやたらと騒がしかった。


「何でこんなに人が残っているわけ?」


紗也が怪訝そうに首を傾げる。

午後八時を過ぎた時間。

普段、送迎の保護者で混雑することはあってもここまでにはならない。

お腹も空く時間帯だし、授業が終われば生徒はさっさと帰路に着く。

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