彼の甘い包囲網
「……もう、嫌だ!
待たない、よ!
待つの、やだよ、寂しいよ……」

子どもみたいに駄々をこねる私に、奏多は小さく苦笑した。

「うん、そうだな。
頼むからもう少しだけ待ってくれ。
お前のところに帰るから。
帰ったらもう絶対に離さないから」

「……本当……?
私、奏多の役に何にも立たないよ……?
それでもいいの?
後悔しない?」

「するわけないだろ。
楓がいてくれるだけで俺がどれだけ幸せかわかるか?
俺を特別扱いしないお前がいてくれる、それだけで充分なんだよ。
蜂谷グループの俺の手は抱えなきゃいけないものが他にもあるけど、男としての俺の手はお前を抱き締めるためだけにあるから。
覚悟しとけよ?
お前はその涙も全部、俺のものだから」

甘い甘い声。

私の涙が止まる。

「楓、返事は?」

蜂蜜みたいに蕩けそうな声が耳朶に響く。

頬がカアアッと一気に赤く染まる。

「う、うん」

鼓動が一気に速くなる。

「忘れるなよ?
お前を全部貰うからな」

「え、ええっ?」

クスクスと笑う奏多はすっかりいつもの奏多だ。

「え、あの、お手柔らかに……」

「何だ、それ」

奏多がブハッと吹き出す。

「愛してるよ、楓。
誰よりも何よりも」

止めの一言を押し出されて。

私の心臓はもう壊れそうだ。

「誰が何を言っても、俺の言葉だけを信じて待ってて」

「……うん」

やっぱり泣いてしまったけれど。

瞼は大惨事になってそうだけど。

私の心からは数時間前の痛みが嘘みたいにひいていた。

「お前以上に大事なもの、俺にはないから」

ああもう、この人は。

私の心臓を破壊するつもりだ。

< 176 / 197 >

この作品をシェア

pagetop