彼の甘い包囲網
「おはよう、楓ちゃん」


エントランスからエレベーターへと抜けるセキリュティゲートを通ろうとしていると有澤さんに声をかけられた。

「おはようございます、有澤さん」


今日も百点満点のキラキラ笑顔に隙のないスーツ姿。

細い、濃い無地の赤のネクタイがよく似合っている。

「……元気になったみたいだね」

事情を知っているのか、エレベーターホールに向かいながら有澤さんに言われた。


「奏多と話しました。
……私、ダメだなあと思ったんです。
弱いな、と。
恐がって逃げてばかりで。
奏多も一生懸命自分の仕事に向き合って頑張っているのに私は守ってもらってばかりで。
情けなくなりました。
……強くなりたいです、奏多に負担をかけないように。
……大切な人を守れるように、大事なものを守れるように」


有澤さんの瞳をしっかり見つめて話す。

それは昨夜奏多と話して思ったこと。

奏多が私にとってどれ程大きな存在かということ以外に。

自分の幼さや未熟さを思い知った。

奏多も柊兄も充希くんも、千春さん、有澤さん、杏奈さんも。

皆が私を守ろうとしてくれていた。

私が傷付かないように、と考えてくれていた。

私は何処かでそれを当たり前のように捉えていた。

私が引き起こしたことじゃない、自分は関係ないのだからといった当事者じゃない気持ちでいた自分を否めない。

どうして、と殻に閉じ籠って不安と恐さに怯えていた。

誰か、奏多、助けてよ、と。

甘えてばかりだった。

誰も私を責めなくて、辛いなら逃げていいよと甘やかしてくれることに慣れて、守られることに慣れていた。


だけど違う。

そうじゃない。

そうじゃなかった。


決めたのは私。

奏多に恋をしたのは私。

奏多が好きで、大好きでかけがえなくて。

一緒にいたいと望んだのは私だった。

この恋に後悔は絶対にしない。


なのに、私は大好きな人を本当に守ることができていなかった。

その心構えさえできなくて、負担になっていた。

奏多が選んだことで、奏多にとって大事なことで、奏多が進む道ならば私は一緒に歩きたい、そう決めたのだから。

その痛みも辛さも一緒にわかりあいたい。

歩む速度はまだまだ追い付かなくても、追い付けるように前を向きたい。

大切な大好きな奏多が躓いた時、疲れた時、傷を負った時に手を差し伸べれる人に、守れる人になりたい。

守られるだけではなく。


本当にそう思った。

だからもう。

たとえ泣いてしまったとしても、今までみたいな独り善がりの涙は流さない。


あの人が背負うものを少しは背負えるように。

今までずっと守ってきてもらったから。

誰よりも責任感が強くて優しいあの人が羽を休めることができる、そんな存在になりたい。
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