彼の甘い包囲網
杏奈さんはデニッシュパンをちぎりながら困惑した表情を見せた。

「私は瑠璃も涼も二人とも大事なのよね。
一人っ子だったから、あの二人とは姉、妹、弟みたいに育ったし……だから二人の力になってあげたいっていつも思ってたの。
でもこればっかりはね……」

恋愛事は何ともできないわ、と杏奈さんは小さく呟いた。

「蜂谷さんが楓ちゃんを選んだのなら瑠璃には辛いだろうけれど、仕方がないことだと思うわ。
ただ同じ人を好きになっただけなのにね。
それがどうしてこんなにも会社を巻き込んだ大事になっちゃうんだろ。
……普通の恋愛なのにね。
そう考えたら答えは見えてくるのに。
瑠璃は想い方を間違えちゃったのね……相手を攻撃したからと言って好きな人の心が手に入るわけじゃないのに。
どうして自分の身ひとつでぶつからなかったのかな。
……大事なことが見えなくなっちゃったのね……」


同じ人を好きになっただけ。

杏奈さんの言葉が胸に刺さった。

好きになった人はとんでもない王子様だったけれど。

それでも。



瑠璃さんと私は奏多を、ただ、好きになった。

好きになった時間や好きなところも、知っていることもきっと違うだろうけれど。

奏多を好きな気持ちは同じで。

立場だって同じ。



恋は綺麗なだけではない。

綺麗事では理想だけでは済まないことはたくさんあって。

知りたくない事実も現実もある。

傷付くことも悲しむこともたくさん。

その手に選ばれるのはたった一人。

だけどそれでも。


恋を諦めることはできない。


恋をやめることはできない。

理由なんてない。



好きで。

ただ好きで、大好きで。

その瞳に映るたった一人になりたくて。

その手に守られるたった一人になりたくて。

ただ、それだけ。
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