彼の甘い包囲網
触れた唇は一瞬で離れた。

私にとって一生で一番長い一瞬。

熱と想いが唇から伝わる。

カアアッと頬も耳も一気に真っ赤に染まった。

恥ずかしくて顔を上げられない。

ドッドッドッと心臓が早鐘を刻む。


……人生で初めてのキスだった。


「可愛い」


トロリと甘くて低い声が耳に響く。

見たことがないくらいに優しい奏多の笑顔。


トクン、と。

またひとつ、鼓動が跳ねた。

奏多が私の額に優しく口付ける。

その仕草に胸がキュウッと締め付けられる。



「奏多にとって……私は……何?」

「特別な人」

「……特別?」

「……意味は……」


帰ってきたら教えてやるよ、と耳元で囁かれた。

羞恥とくすぐったさでパッと耳を手で塞いだ。



四年間、イイコでいろよ?



それが奏多と交わした二人だけの最後の会話だった。



翌月。

何事もなかったかのように、奏多は旅立った。

私は見送りに行かなかった。

奏多に連れていきたくなるから来るな、と言われたから。



代わりに柊兄と充希くんが空港まで見送りに行った。

帰ってきた兄は奏多から預かったと言って、私に一通の小さなカードを渡した。



『待ってろ』



潔いくらいの一言が綺麗な筆跡で書かれていた。

「……ふっ……ぇ」

涙が零れた。

敢えてカードにしたことが。

奏多らしくて、憎らしかった。


カードなんて。

いつも見てしまうのに。

持ち運べてしまうのに。



傍にいなくても、私は奏多に翻弄されていた。

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