彼の甘い包囲網
日増しに暑さは増し、季節は夏に向かっていた。

ジメジメした梅雨も明け、テストも無事に終わって。

容赦ない日差しが肌に照りつける。

駅から大学までの短い距離でさえ、こめかみに汗がじんわり浮かぶ。



いつもの大学からの帰り道。

今日は珍しく拓くんも一緒だった。



「夏休みだわっ」

「……鈴、まだ夏休み始まってないから。
っていうか、鈴、テストヤバかったんじゃないの。
レポート再提出って言われてなかった?」

「ちょっ……紗也ちゃん!
それは言わないで!
もう、これだから成績上位者は嫌なのよ!
そんなんだったら、拓くんに嫌われるわよ!」

「いや、紗也はこれが普通だからね」

麗しい笑顔の拓くん。

「拓くん……女の趣味変わってるわね……ねえ、楓ちゃん」

「楓?」

「楓ちゃん?」


何度も名前を呼ばれてハッとした。


「どうしたの?
調子悪い?」

紗也に心配そうに顔を覗き込まれて。

「……あー……そうかな、暑いし」

慌てて笑って返事をした。

「楓ちゃん、大丈夫?」

「うん、大丈夫。
ごめん、ごめん」


笑顔を返した。

最近、こんな日が多い。

ふとした時にあの日の兄との会話や奏多のことを考えてしまう。

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