彼の甘い包囲網
ガタン、ゴトン……。

帰りの電車はカチン、と冷えていた。

大学から自宅までは電車で四十分程だ。

高校の頃と変わらず、時間が合う日は皆で一緒に通学している。

最初は心地よいけれど、暑さがひいた身体には肌寒くなり、カーディガンを羽織った。

車内はそれなりに混んでいた。

まだまだ明るい車窓をぼんやりと眺めた。


「座れてよかったね、楓ちゃん」

三人で並んで座っていると、拓くんが口火を切った。

「蜂谷さんのこと悩んでるの?」

紗也が一瞬、拓くんを見て言った。

「……悩んでるっていうか……」


視線を足元に落とす。

ところどころ、染みのついたベージュの床が目に入る。


「蜂谷さんに会っていないんでしょ?
……だから最近元気ないんじゃないの?」

気遣わし気に紗也が聞いた。

「えっ、元気、だよ!
……奏多は、色々忙しいみたいだし。
そもそも私、付き合っているわけでもないし……」

「会いたくないの?」

真っ直ぐに拓くんに問われた。

「……え?」

心が揺れた。


会いたい?

私、奏多に会いたい?

意識した瞬間。

奏多の顔が頭に浮かんだ。


『楓』

意地悪に私を呼ぶ声。

『楓』

フワッと優しくて甘い笑顔。
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