彼の甘い包囲網
「千春っ、勝手に楓に触んな!」

「……はあ?
アンタ誰に向かってそんな偉そうな口きいてんの?
誰のおかげで引っ越しができたと思ってんの?」

スウッと切れ長の綺麗な二重の瞳を細めて奏多に凄む美人の女性。

美人が怒ると迫力がある。

珍しく奏多が劣勢だ。

私の頭上で繰り広げられる言い合いを呆然と見る。


「アンタ……楓ちゃんを解放してあげなさいよ、可哀想でしょ!
初めまして、私、奏多の姉の千春です」

奏多に向ける剣呑な雰囲気とは一転。

魅惑的な微笑みを浮かべて私に手を差し出してくれた。

白くほっそりと手入れされた指に、華奢なリボンモチーフのブレスレットが輝く手首。


「……あ、私は……」

握手をしようとする私を邪魔する奏多。

千春さんがギロッと奏多を睨み付ける。


「知ってるわ。
安堂楓ちゃん、でしょ?
柊くんの妹さん。
……この鬱陶しい弟からよく聞いているわ。
あ、千春って呼んでね、私は楓ちゃんって呼ばせてもらっていい?」

そう言って、奏多を押し退けてブンブンと私の手を嬉しそうに握ってくれた。

「よ、よろしくお願いします……あの、引っ越しって……」


千春さんの言葉に嫌な予感を覚えて、確認する。
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