彼の甘い包囲網
「奏多も引っ越しは自分でするんだ、とか思ってる?」


部屋の中をキョロキョロ見ている私に苦笑しながら千春さんが言った。

私の住んでいるマンションは築三年と比較的新しい。

最寄駅までは徒歩十分もかからない。

市内からは電車を乗り継いで三十分程かかるけれど、駅前には大きなショッピングモールもあり、最寄駅には地下鉄やモノレールも乗り入れていて、人の行き来も盛んだ。

とはいえ、我がマンションはタワーマンションでも億ションでもなく、大企業の御曹司が住むイメージのマンションではない。


「……はい」

「やだ、正直!」

肩を震わせて笑う千春さん。

ひとしきり笑った後、コトリ、とテーブルに紅茶を置いてすすめてくれた。

フワリ、と温かくて優しい香りが漂った。


「奏多の気持ちがわかるわ。
本当に真っ直ぐ」

「そんなこと……」

「ううん。
だって、この引っ越しをするためにやたらと根回ししてたの、アイツ。
私にもいきなり言ってくるし。
一応アイツ、一人暮らししてる部屋あるのよ?
なのに、仕事が忙しすぎて楓ちゃんが足りないとか言うの!
だから引っ越すんですって、軽いストーカーよね」

恐い恐い、と千春さんはブルッと身震いしながら話す。

「……足りない?
えと、私、何か忘れてましたか?
……すごい行動力だなあとは思いますが……何で引越してきたのかなと……」

「ええっ!
そこなの?
しかも何でって!
アハハ!
アイツ、全然ダメね!」

千春さんが爆笑する。

爆笑していても美人はヤッパリ美人だ。

「私と奏多ってフロアは違うけど同じマンションに住んでたの。
よかったら今度遊びに来てね?
あの愚弟、何を馬鹿なこと言っているのかしらって驚いたんだけど……。
楓ちゃんに今日会って理由がよくわかったわ。
そのネックレスもよく似合っている」

バッと胸元に手をやった。


優美な仕草で紅茶を口にする千晴さんはフフと上品に微笑んだ。

「アイツからのプレゼントでしょ?」

嫌味を言うでも茶化すでもなく、嬉しそうに千春さんは言った。

「随分前に奏多に相談されたの。
アイツが女の子に贈るプレゼントで悩んでいる姿なんて初めて見たし、そもそも自分から女の子にプレゼントを贈るなんて初めてだし、ビックリしちゃって!
どんな女の子なんだろうって気になってたのよ」

赤面する私に。

「ネックレス、大事にしてくれているのね、嬉しいわ。
アイツ、女の子を見る目あるわ。
……それにしてもネックレスっていうのが軽い執着を感じるけど」

苦笑いをする千春さん。

私は理由がわからず首を傾げた。

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