彼の甘い包囲網
変化
「楓、奏多くんにこれ、持っていってあげて」


大学から帰宅して、ただいまを告げた途端。

お帰りなさいの後、ママから手渡された白いタッパー。

そっと蓋を開けると、食欲をそそる優しい香りがふわんと漂う。


「肉じゃが?」

「そう。
昨日、エレベーターで奏多くんと会ってね。
顔色がよくなかったのよ。
忙しくて、きちんと食事が摂れていないみたいだったから。
晩御飯差し入れするわ、って言ったら喜んでくれてね」

満面の笑みを浮かべるママ。

「……いや、ママ。
奏多に差し入れしすぎじゃない?
確か三日くらい前も似たようなことを言ってたよね?」

「あら、そお?
やっぱり近くに息子と同い年の子がいると気になるのよね。
柊と違って奏多くんは本当に礼儀正しいし……」

騙されている、完全に。

「……御曹司がそんな庶民のメニューを食べないんじゃ……」

「あら、奏多くんのお母様は自炊が大好きな方らしいわよ。
肉じゃがは好物ですって。
今日この時間は家にいるって言ってたから」

ヨロシクね、と私はクルリと方向転換させられ、今入ってきたばかりの玄関から追い出された。
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