彼の甘い包囲網
お隣りまで数秒。

インターホンを押す前に。


ガチャリ。

玄関ドアが開いた。

珍しい黒縁眼鏡にラフな部屋着姿の奏多。


「楓」

「何でわかったの」

「んー楓の帰宅時間と足音?」


意味のわからない洞察力で奏多は首を傾げた。

胸元が開いた黒いカットソーからチラリと見える綺麗な鎖骨。

デニムを履いた長い足。

動く喉仏。

ドアにもたれて私を見る長い睫毛に覆われた伏し目がちの瞳。

半端なく漂ってくる男性の色気。

……直視できない。

自分の鼓動が早まるのがわかる。



「……はい、肉じゃが」

私より大きな骨ばった手にタッパーを強引に押し付ける。

私が抱えると両手でちょうどくらいの大きさなのに、奏多の手の中だと小さく見える。

「お、美味そう。
さすが孝子おばさん」

蓋を少し開けながら奏多が嬉しそうに綺麗な目を細めた。

「じゃあね」

踵を返した私を。

グイッと奏多が後ろに引っ張った。

「……きゃ……っ」

傾いだ身体は。

ポスンと受け止められた。

背中に温かな奏多の胸。

器用にタッパーを片手で持ったまま。

薄いカットソーから伝わる熱が私を落ち着かなくさせる。

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