彼の甘い包囲網
「ホラ、帰るぞ」
奏多は最後に私のつむじにソッとキスを落として。
玄関の扉を開ける。
外の新鮮な空気が流れ込む。
自宅のある八階の廊下ごしに茜色に染まる街並みが目に入る。
廊下にはボンヤリと灯りが灯っている。
「奏多、何か甘い匂いがする……」
クン、と鼻についた瑞瑞しい匂い。
無意識に目の前の奏多の服の匂いを嗅ぐ。
「お前じゃなくて?」
フッと口角をあげて微笑む。
その仕草さえ艶っぽい。
私の髪を一筋すくって、長い指にクルリと巻き付ける。
上目遣いに私を見つめる甘い瞳はまるで捕食者のよう。
ひいた筈の熱はすぐに上がって。
「……っそんなわけない、でしょっ」
虚勢を張るだけで精一杯。
「冗談。
これだろ?」
いつの間に手に持っていたのか、ナイロンの手提げ袋から覗くのは丸くて柔らかそうな桃だった。
「昨日、千春が持ってきたんだよ。
孝子おばさんにお裾分け。
桃、好きだって聞いたから」
「あ、ありがとう……」
然り気無い優しさにお礼を伝えて、受け取ろうと両手を出したら。
「行くぞ」
背中をトン、と大きな手に押されて外廊下に押し出された。
「え、奏多?」
「俺も一緒に行く」
言うが早いかガチャッと施錠する奏多。
「行くって……家、隣り……」
「廊下は立派な外。
この時間は薄暗いだろ」
意味のわからない理屈をこねる。
ほら。
そうやって。
時々意味がわからなくなるくらい過保護に優しくする。
私が奏多の家にお裾分けに行くのは今日が初めてではない。
奏多が引っ越してきてから幾度も行き来している。
だけど。
奏多は私を絶対に部屋にあげない。
いつも玄関先で数分のみの滞在だ。
千春さんにお茶をご馳走になったあの日以来、奏多の部屋に入ったことはない。
私の家にはズカズカ上がり込むのに。
奏多は最後に私のつむじにソッとキスを落として。
玄関の扉を開ける。
外の新鮮な空気が流れ込む。
自宅のある八階の廊下ごしに茜色に染まる街並みが目に入る。
廊下にはボンヤリと灯りが灯っている。
「奏多、何か甘い匂いがする……」
クン、と鼻についた瑞瑞しい匂い。
無意識に目の前の奏多の服の匂いを嗅ぐ。
「お前じゃなくて?」
フッと口角をあげて微笑む。
その仕草さえ艶っぽい。
私の髪を一筋すくって、長い指にクルリと巻き付ける。
上目遣いに私を見つめる甘い瞳はまるで捕食者のよう。
ひいた筈の熱はすぐに上がって。
「……っそんなわけない、でしょっ」
虚勢を張るだけで精一杯。
「冗談。
これだろ?」
いつの間に手に持っていたのか、ナイロンの手提げ袋から覗くのは丸くて柔らかそうな桃だった。
「昨日、千春が持ってきたんだよ。
孝子おばさんにお裾分け。
桃、好きだって聞いたから」
「あ、ありがとう……」
然り気無い優しさにお礼を伝えて、受け取ろうと両手を出したら。
「行くぞ」
背中をトン、と大きな手に押されて外廊下に押し出された。
「え、奏多?」
「俺も一緒に行く」
言うが早いかガチャッと施錠する奏多。
「行くって……家、隣り……」
「廊下は立派な外。
この時間は薄暗いだろ」
意味のわからない理屈をこねる。
ほら。
そうやって。
時々意味がわからなくなるくらい過保護に優しくする。
私が奏多の家にお裾分けに行くのは今日が初めてではない。
奏多が引っ越してきてから幾度も行き来している。
だけど。
奏多は私を絶対に部屋にあげない。
いつも玄関先で数分のみの滞在だ。
千春さんにお茶をご馳走になったあの日以来、奏多の部屋に入ったことはない。
私の家にはズカズカ上がり込むのに。