「彼」が死んだ日、「世界」が壊れた日
男の手がわたしの額に届く。
男の手は予想以上に冷たくて、思わず縮こまってしまった。
だけどそれは不快な冷たさではなく、慣れてしまえばどうってことはないようなものだった。

浸透するような、ひんやりとした冷たさを、思わず気持ちよいと感じ、目を伏せようとしていたそのとき。
男が急に口を開いた。
さっきまでの感情のない声とは違い、何か情のある声だった。


「本当にいいんですか。お若いのに、そんな簡単に命を放り投げて」
「いいの」
「過去に戻れたとしても、もうこの現在には戻って来れないのですよ?」
「そんなこと分かってる」
「あなたがいなくなれば、悲しむ人がたくさんいると分かっているのに?」


さっきからしつこいなこの男は。
自分から会話を吹っかけてきたくせに。
まさか……嘘、だった、とか?


「ああもう、さっきから何なの。そんなにわたしの願いを叶えたくない?」
「いえ……いいんですけどね。もったいないな、と思いまして。まだお若いのに」
「いいの。ていうか、そんなこと言うなら、命をとるのやめてよ」
「それはできないですね」
「なんでよ」


否定されたことに驚き目を見開くと、男は残念そうに肩をすくめた。
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