俺様外科医に求婚されました


やってしまったと思った。

そういえば、聞いていたのだ。

運ばれてきた患者の中に、亡くなった人がいることを、仕事中に耳にしていた。

それなのに私は…。


聞いてはいけないことを聞いてしまったと、すぐに後悔した。

部外者が踏み込んではいけない領域。
そこに土足で、踏み込んでしまったと感じた。

いくら疲れているとはいえ、何も考えずに口にするような言葉ではなかった。

この人は、脳神経科の外科医だ。
そんな先生に対して、あまりにも…軽率過ぎた。


「すみません、余計なこと聞いて」


申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
軽く口にした言葉を、すぐに後悔した。


「いや。俺の方こそすまない、こんな言い方したら空気が暗くなるってわかってるのに。ごめん、らしくないよな」


大和先生はそう言うと、うつむき気味に小さく息を吐いた。


らしくない。
それは確かにそうかもしれない。

私の知っているこの人は、いつもはつらつとしていて。
どこか自信に満ち溢れていて。

だからこそ。
こんな弱腰な姿を見るのは初めてのことだし、正直戸惑った。

でも、考えるよりも先に勝手に口が動いていた。



「何で謝るんですか?らしくない姿も、たまには良いと思います。人間らしくて」


私がそう言うと、前を向いていた大和先生の横顔がゆっくりとこちらに向く。


「…そうか?」

「はい」


そして言いながら私が頷くと、悲しげだった表情がほんの少しだけ…緩んだ気がした。


< 132 / 250 >

この作品をシェア

pagetop