俺様外科医に求婚されました
「よし、これで清掃は全部終わり。チェックも完了よ」
「はい!」
一時間ほどの清掃が終わり、やっと緊張感から開放されたのは南さんが清掃の最終チェックシートに記入を終えてからだった。
「あ…れ?小野さん…は」
そしてホッとした瞬間、手術室の中に小野さんがいないことにその時初めて気が付いた。
「あぁ、小野さんなら先に脳神経科に戻ったはずよ。こっちも終わったことだし、あなたもまだ教わることが残ってるだろうから戻るといいわ」
「はい、ありがとうございました!失礼いたします」
ぺこりとお辞儀をして、私は足早に手術室から出た。
南さんの話に集中し過ぎちゃってたかな。
いつの間にか小野さんがいなかったことにも気付かなかったなんて。
でもまぁ、そりゃ小野さんも私にずっと付きっ切りってわけにもいかないよな…自分の仕事もあるだろうし。
とりあえず早く戻って、何だったけ?次はファイルの説明とか聞かなきゃ。
頭に詰め込んだばかりの清掃手順や器具の滅菌方法を忘れないように、教えてもらったことを一つ一つ思い出しながら歩いていた。
だけど、ふと前を見たその時。
前方に、青色の手術着を着たあの男…大和諒太の姿を見つけた。
マスクをしていないから、先ほどとは違って今度はすぐに彼だと気付くことが出来た。
その距離、およそ五メートル。
そしてその距離は、少しずつ、こちらに向かって迫ってくる。
だから、絶対にまた絡まれるんじゃないかとか、すれ違う時にまた何か言ってくるんじゃないかとか…咄嗟に身構えていた。
…それなのに。
見たこともないようなキリッとした瞳は、私の後方にある手術室の方だけをジッと見つめていて。
まるで、私がここにいることにも気付いていないように、スーッと横を静かに通り過ぎていった。