たとえ嫌だと言われても、俺はお前を離さない。
翌週の水曜日。

仕事を終えるのが遅くなってしまい、二十時過ぎに会社を出た。

ちょうど部長と帰宅時間が重なり、一緒に夕飯をと誘ってもらった。


「どこへ行くんですか?」

「馴染みのレストランだ。デートに相応しい高級店という訳ではないが、良い店だから連れて行きたい」

デート。そうか、予定になかったとはいえ、これデートだよね。そう考えると急にドキドキしてきちゃったけど、残業してきて良かった、なんて思ってしまった。



会社の最寄駅から電車に乗って、約十五分。駅を降りて五分ほど歩いたところにそのお店はあった。

看板によると、フレンチレストランのようだ。


「いらっしゃいませー。あら、亮君」

カウンター席の向こう側のオープンキッチンの方から、女性がこちらへやって来る。
亮君、って部長のことだよね。本当にスタッフさんと顔馴染みなんだ。


「女の子と一緒なんて珍しいわね。彼女?」

「え? ……いや、まだ」

「まだって何だ、まだって! あはは!」

面白おかしそうに笑うその女性は、少し茶色く染めた髪をポニーテールで纏めた、部長と同い年くらいの女性だった。
ひとしきり笑った後、彼女は私の顔をまじまじと見つめる。


「私、ここのスタッフの桜井 智香(さくらい ともか)です! 亮君は昔からよくこの店に来てくれてる常連さんなんだ! よろしくね!」

「あ、は、はい。桃城 綾菜です。よろしくお願いしますっ」

「カウンターでいい? テーブル席にする?」

そう聞かれ、私がちらっと部長を見ると、彼は「カウンターで」と答える。


桜井さんに連れられ、シェフが調理する様子が丸見えのカウンター席に移動した。



店内は特別広くはない。だけど清潔感がある。
置いてある木製のテーブルや椅子や本棚は、もしかしたらどれも手作り?
何だかほっとする空間だ。

夕食時のピークを過ぎているからか、テーブル席にちらちらとお客さんの姿があるくらいで、カウンター席に着くのは私達だけだった。
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