たとえ嫌だと言われても、俺はお前を離さない。
あまりにサラッと言われて思わずぽかんとしてしまう。


「何だ? そんなに可愛いことを言われておきながら、何もせずにさっさと帰れと言うのか? 鬼だな、お前は」

「お、鬼って」

可愛いことを言ったつもりはないんだけど……!

でも、今日あまり二人きりで話せなかった分、もっと彼と過ごしたいと思っている自分もいて……。


「駄目か? それとも嫌か?」

この間と同じ質問をされる。


「……駄目です」

「それじゃあお邪魔します」

何だか矛盾している会話だ。だけど私たちの間では成立している。



二階建てアパートの、二階の左端。そこが私が暮らす部屋だ。
通勤バッグの中から鍵を取り出し、玄関を開ける。
当然家の中は真っ暗で、私は急いで玄関先の電気を点けた。


「狭い部屋ですが、どうぞ」

謙遜ではなく、本当に狭いから恥ずかしい。六畳一間、キッチンとお風呂とお手洗いはそれぞれついているから同世代の女性の一人暮らし用の物件と考えれば一般的な方だとは思うけど、部長が暮らすマンションと比べたら狭いし古い。


部長は靴を脱ぎ、私が電気を点けた部屋の中に入ると、辺りをぐるっと見回した。


「ここで暮らしてるんだな」


特に意味のない発言だとは思うけど、何だか妙に恥ずかしくなり「あんまりじろじろ見ないでください……」と弱々しく伝えた。

だって、ベッドもあるから恥ずかしい。洗濯物が出しっ放しになっていなくて良かった。
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