たとえ嫌だと言われても、俺はお前を離さない。
何も答えないことを、イコール肯定だとみなしたらしい彼は、はぁっと溜め息を吐いた後、今度は桜井さんに目を向ける。

「おい。綾菜に余計なこと話してないよな?」

「余計なことは言ってない。本当のことは話した」

「話したってことだな」

もう一回、さっきよりも深い溜め息が聞こえてきて心苦しくなる。


「す、すみません。私、どうしても本当のことが知りたくて……」

怒られる……ううん、嫌われたかもしれない。そう思い身震いしそうになるけれど、返ってきた部長の言葉と声色は思いのほか優しく、


「別にいい。俺が変に隠したからだしな。まあ、今度からはこういうことはするなよ」


と言われた。怒ってはいないみたいだ。


「なになに? 何の話?」

部長の右隣から、先生がひょこっと顔を出し、いつもの明るい様子でそう尋ねてくる。


「何でもない。注文決めようぜ」

「俺、今日は甘い酒の気分だなー」


……部長と先生の様子に、おかしなところは何もない。どこからどう見ても、”仲の良い友人同士”だ。

でも、二人の間には見えない誤解があるのも確かで……。


先生がカウンター越しの桜井さんと会話を始めた隙に、私は部長に顔を向ける。そして小声で、


「本当のことを知っているのに、どうして先生に言わないんですか?」


と尋ねてみた。
本当のこと……先生が部長のことを誤解していることも、その理由も、彼は知っている。それなのに何故、自分は悪くないことを先生に伝えないのだろう。
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