自由帳【番外編やおまけたち】
「はあ」
今は幸せの最中に身を置いてはいるが、いつか飽きられたり邪魔に思われたりする日が来るのだろうか。そういう人ではないと知っているはずなのに、常に不安がつきまとうのは自分に自信がないからだ。
「大きなため息ですね」
ぼんやりしてしまったライナに声をかけたのは、そのため息の原因でもある夫のイルミスだった。
「あっ、お、おかえりなさい!」
「ただいま」
イルミスは慌てるライナを見てくすりと微笑むと、隣に腰を下ろす。ライナは顔を赤くしながら座る位置をずらした。
「今日は早かったのですね」
「ええ。何とか営業時間に間に合いました」
昨夜夕食を共にした後、要人の護衛の任務のためすぐ仕事に出かけたのだ。寝支度をするライナがイルミスを見送ってから丸一日と経ってはいないのだが、無事に帰ってきてくれたことに今日も安堵する。二人は束の間の会話を楽しんだ。
「パンデルフィーください!」
かけられた声にライナが顔を上げると、先ほどまで通りの向こうにいた少女たちだった。淡い色をしたワンピースの裾をひらひらと揺らしながら、花を求めている。合わない目線の理由は、たったひとつ。
彼女たちは他の誰でもない、ライナの夫イルミスに花を売って欲しいのだ。
「はい、どうぞ」
優しげな笑顔を見せられて、きゃあきゃあとはしゃぐ彼女たちを眺めていると、和らいだはずのライナの気持ちはまた沈んでしまった。
言葉少なにイルミスへ花やお釣りを手渡し、裏方に撤する。イルミスから直接花を受け取った少女たちは蕩けそうな笑顔を浮かべて、しばらく会話を楽しんでいた。
「ふう……驚きました」
少女たちが去り、無事に対応出来たイルミスはほっとしているようだった。ライナは少女たちがイルミスを待っていたことに気付いて、ぽつりぽつりと話す。
「もしかしたら、イルミスさんのことを待っていたのかもしれません。先ほどからこの通りにいらっしゃいましたから」
「そうですか」
有名な騎士、しかも国の第二騎士団長まで務めているイルミスが、たまにライナの店を手伝っていることは随分知れ渡っているようだった。何故ならここ最近、明らかにイルミス目当ての女性客が増えたからだ。今までは声をかけることすら恐れ多い雲の上のような存在が、ライナのような平凡な花売りと一緒になったことで、壁に感じるものがなくなったのだろう。
ライナはそのことも申し訳なく思っていた。