自由帳【番外編やおまけたち】
最初は仕事の都合で出会って、いつの間にか好きになって。どんどん彼の新しい一面を知っていくうちに、引き返せないほど恋をしている。
こうして一緒に過ごすだけで幸せな気分になるのに、小林さんも同じ気持ちだったらいいなと何度も願ってしまう。
出会えただけでも奇跡なのに、私ったら欲張りだ。
ーーさっきは、もったいないことをしてしまったかも。
小林さんから〝手を繋ごう〟だなんて、今後二度と聞けないかもしれない。
強欲な私は、そんなことばかり考えていた。
骨ばった大きな手。
気恥ずかしくて、手を繋ぎたいと伝えられた試しがない。
「浅見、疲れた?」
「ひゃっ!」
不意に覗き込まれて、飛び上がりそうになった。小林さんは私の反応を見て、驚いた顔になる。
「……悪い。急に口数が減ったから気になって。結構歩いたな」
「いえ、大丈夫です! まだまだ歩けますよ」
飛び跳ねて元気をアピールすると、歩く速さが少しゆっくりになった。
「もう少しだから、頑張ろう」
この声が、いつも私の背中を押してくれる。
「わ……!」
やがて私たちがたどり着いたのは、一面紫色の絨毯。向こうの山のふもとまで繋がっていて、まるで桃源郷のようだ。
「すごい……」
それ以外言葉が出ない。他の観光客もいるはずなのに、私の視界に映るものは目の前の紫だけ。所々背の高い木があり、幻想的な景色に拍車をかけている。
「見たのは初めて? カタクリの花」
こくんと頷くと、控えめに続けられた。
「最近忙しくて疲れてただろ。電話しててもすぐに寝落ちするし……。今日は浅見の気分転換になればと思って、だな」
「……ありがとうございます」
こんな素晴らしい景色を見れば、疲れなんて一瞬で吹き飛ぶのではないか。
カタクリの群生地の前で微動だにしない私の気の済むまで、小林さんは待っていてくれた。