手をつないでも、戻れない……
「えっ? お恥ずかしながら、未だに独身ですよ」

私は、あえておどけて言ったのだが、彼の表情は変わらない……


「だって、同棲するために家を出たんだろ?」


「は? 誰がそんな事を?」

私は首を傾げた。


「美緒の兄貴が言ったんだよ。好きな奴が居るから、家出るんじゃないかって……」

 彼の表情は、益々固くなっているのが分かる……


「お兄ちゃん、何を言ったんだか?」

 私は、ため息をついて言った。


「じゃあ…… どうして」

 彼の視線が、痛いくらい真っ直ぐに私に向けられた。


「あっ…… だって、樹さんが結婚するって聞いて……」

 咄嗟に、言い訳の嘘が着けず、ぽろっと口から出てしまった。


「ウソだろ? 俺、結婚なんて……」


「でも、結局、結婚したじゃない…… 私もあの時、綺麗な人と車に乗っているのを見たし……」


 今更、何を言っても仕方ない、あえて明るく言おうと思うのだが、どことなく言葉にとげのある言い方になってしまう……



「だって、美緒が男と同棲したって言うから……」


「なに、それ……」

 と、冗談まじりに言ってはみるが、頭の中が、混乱しはじめている。


 このまま、ここで話をしていてはいけない気がした。



 私は鞄を手にし、席を立った。


「色々、ありがとう…… 見積もり出来たら教えて下さい」

 私は軽く頭を下げ、この場を去ろうとした。


「美緒…… どうしても聞きたい事がある…… 後で連絡するから……」

 彼は、私の書いた書類の携帯の番号を確認するように見て言った。


「うん…… でも、もう……」

 そう言いかけて、私は口を閉ざしてしまった。


 今更って思うが、でも、あの時の事を引きずったままでいたから、私は前に進む事が出来なかったのかもしれない……


 そんな思いが、彼の言葉を断われなかったのか? 

 それは、言い訳にすぎなかったのかもしれない……



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