手をつないでも、戻れない……

「あの時…… 切なくて、たまらなくなって、樹さんの家まで行ったの…… そしたら、車に女の人と二人で乗っていて……」

 そこまで言うと、思わず声を詰まらせてしまった。


 ずっと昔の事なのに、こんなに苦しい思いとして胸の奥に残っている事に、自分でも驚いた。



「俺は、女と車になんて乗ってない!」

 彼は、はっきりとした口調で言った。



「だって! 髪の長い綺麗な人と、抱き合っていたじゃない……」

 刃向ってみたものの、語尾は小さな声となってしまった。


 しばらくの間、彼は腕を組み、あの頃の事を思い出そうとしているようだった。


 本当に、覚えのない事なのかもしれないが、私が見たのは紛れもない事実だ。



「もう…… いいじゃない。十五年も前の事よ。覚えていなくたって仕方ないわよ」

 私は、自分にも言い聞かせるように言った。


 だが、彼は表情変えずに、黙ったままだ……


 あの時の、苦しい思いが蘇り、もう終わりにしたいと思った時だった。


「本当に、覚えが無いんだ…… あっ!」

 彼が、話の途中で、何かを思い出したように声を上げ、目を見開いて私を見た。




「やっぱり、思い出した……」

 私は、自分が間違ってなかったという目で彼を見た。



「渡辺だ! あいつ男だぞ……」


「は?」

 何を言っているのか分からず、不審な声が出てしまった。


 今更ながらの言い訳にしても程がある。

 半分呆れてた顔で彼を見てしまった。



「渡辺だ…… バンドやてって髪を伸ばしていたから……」

 彼の目は、真剣で嘘を言っているようには思えない。



 しかし、簡単にそうなんだぁと、笑って言える事ではない。


「だって、抱き合っていたじゃない。意味わからないわよ!」



 私の言葉に、彼は何かを思い出したように、ポツリと話だした。


「今でも忘れられないくらい、仕事で大きなトラブルがあった時だ。
 渡辺は、同僚で整備士だけど、トラブルの原因は渡辺にあったんだ。あいつ、すごく落ち込んで…… 死ぬとか言い出して、必至で止めた事があった…… 多分、その時だ……」


「ええ―っ」

 私が、悲鳴を上げたのは言うまでもない……


「それしか、思いあたらない……」

 彼は、片手で額を押さえながら言った。


「ウソよ…… だって、結婚するって……」


 彼は、私の目をじっと見た。


 
「お前とだよ……」


 
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