手をつないでも、戻れない……
 今日一日、何度頭を下げただろうか?

 九十八歳の祖母の葬儀だ。
 ここ数年寝たきりで、最後は自宅のベッドで眠るように逝った。
 もちろん、幼い頃の世話になった思い出に、深い悲しみもある。
 だが、正直言って前日から葬儀の準備に追われ、いささか疲れの方が強くなっている。


 水嶋美緒(みずしまみお)、三十五歳。

 仕事に追われて気付かぬうちに時が過ぎてしまったのか、それとも縁が無かったのか、今だに独身。
 細身に整った顔立ち。
 男性から声をかけられる事だって少なくは無い。
 だけど、何故か結婚まで行かない……


 葬儀も無事に終わり、お坊様の見送りの挨拶に出た。

 五人のお坊様が並んで歩く姿に頭を下げたのだが、最後に付いて行くまだ見習いらしきお坊さんが躓いた。

 その姿に、吹き出しそうになるのを堪えているのに、また、躓いた。


 他の人達は気付かない様で平然としている中、ふと、向かい側に立つ男性が笑いを堪えている姿が目に入った。


 私も、必至で笑いを堪えていたのだが、その男性と目が合ってしまった。



 その男は、実家の近所に住む、私より五つ年上の羽柴樹(はしばいつき)

 スラッとした無駄のない体格に、あまり表情のかわらないクールな顔立ち。
 だが、笑うと目が細くなり優しい表情が現れる。

 その男は、幼なじみみでもあり、そして、私がはじめて付き合った男の人だった。



 彼は、葬儀の手伝いに来てくれていたようだ。

 目が合った彼も、私に気付いたのだろう。

 一瞬、真顔になったが、またニヤニヤ笑いを堪えだした。


 お坊様達が帰って行く姿を見届けると、慌てて建物の外に出た。

 笑う為だ。


 だが、私の後ろに続いて彼も外へ出て来た。
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