手をつないでも、戻れない……
 少し間を開けて言った彼の言葉に、私は気絶する寸前だった。


 この時、初めて大きな間違いお犯した事に気付いた。


「そんなばかな…… だって、お兄ちゃんが言ったから…… 私……」


「ああ、浩平に言った。大切な子がいるって。結婚も考えてるって…… だけど、美緒だとは言わなかった。まだ、美緒にもそんな話していなかったし、後で浩平を驚かせてやろうくらいにしか思ってなかった」

 彼は、切なそうに私へ目を向けた。



「私は、どこで、何を間違えてしまったの?」

 涙が出るとか、悲しいとか、そんな事じゃない。

 胸を押し潰されていくような後悔の文字だけが目の前に落ちた。



「俺が、きちんと浩平に伝えれば良かったんだ……」

 彼の表情も固く、声も少し震えている。



「じゃあ、私は、樹さんが結婚すると思って、辛くて家を出て…… 樹さんは家を出た私が、同棲すると思ったって事?」



「ああ、そう言う事みたいだ……」



「あの時、どうして樹さんに直接確認しなかったんだろう? バカみたい……」

 思わず、そんな言葉が漏れてしまった。





「俺だって同じだ…… いや、俺が美緒ときちんと向き合うべきだったんだ…… 俺は嫉妬ぶかくて、美緒が他の誰の方を向いてしまう気がして、一番大事な時に逃げてしまったんだ……」


「私は、何も分かってなかったんだと思う。ただ、大好きな樹さんと一緒にいられて、浮かれてて、大切な人を信じるとか向き合うとか、どういう事か知らなかった」


「俺が、美緒に伝えなきゃいけなかったんだ……」


 彼の言葉が頭の中で繰り返されながら、あの時の事が、はっきりと蘇ってきた。
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