手をつないでも、戻れない……
過ちに溺れた夜
ずいぶんと話し込んでしまい、店を出た時には、すでに十時を過ぎていた。


「今日は、ご馳走様でした。車の件、また連絡します」

私はそう言って頭を下げた。


「ああ…… 家まで送るよ」


「大丈夫よ。歩いても十分くらいだし」


「さすがに、こんな時間に、女性を一人で歩かせるわけには行かないだろう」


「そうかな? そんな心配いらないと思うけど」


「いいから送るよ」

 彼は、私と並んで歩き出した。


 他愛もない世間話に、肯いたり笑ったりしながらアパートまでの道を歩いた。


 名残惜しいが、目の前に、部屋の窓が見えた。



「ここでいいわ。ありがとう」


「ああ…… 美緒、彼氏とかいるのか?」

 彼の突然の言葉に、一瞬戸惑った。



「まあ……」

 全く嘘ではないが、はっきりと言えない状況でもあった。


「そっか」

 彼が、どんな思いで言ったのかは、私には分からない。


「じゃあね……」

 私の言葉に、彼が足を止める。


「じゃあ」

 彼が言った時、部屋の鍵を出そうとしたポケットから、外れたキーケースが落ちてしまった。


 キーケースは、彼の足もとに落ち、慌てて拾うとした私の手が、彼の手と重なった。


 すぐに手を離さなければと思うのに、意志とは逆らい、私は重なった手を掴んでしまった。


 彼は、その手を、そのまま繋ぎ直した。


 彼の手の温もりが、昔のままで、あの頃に戻ったような錯覚がを起こした……


 一度、触れてしまった手は、離れるタイミングを失った……
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