手をつないでも、戻れない……
 一度で溢れてしまった気持ちは、もう、止める事が出来ない……


「どうして、声なんか掛けたのよ! 食事になんて誘わないでよ! 本当の事なんて、知りたくなかった……」

 スーツの襟を掴んだ手は、震えている。


「ごめん…… どうしても、自分の目で、美緒が結婚して幸せだって確認したかった…… でも、まさか……」

 彼の声も震えている。


「ごめんなさい……」


 この腕を振り払わなければと頭では分かっているのに、震える手は彼にしがみ付いて離れてくれない。


 頭の中は冷静でなんていられないのに、誰が通るか分からないこの場所でこうしている事はマズイと思う余裕が、まだこの時はあった。



「部屋に入って……」

 私は、彼の胸の中で、小さな声で言った。


「いいのか?」


「ここに居るのはよくない……」


 私が言うと、彼はそっと腕を緩め、やさしく手をつないだ。



 私が歩き出すと、彼の手に強く握られた。


 繋いだ手に、一瞬、あの時に戻れるような気がしてしまった。
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