手をつないでも、戻れない……
事務所に戻り、支援会議のまとめと、今日の横井さんの報告書を入力していると、定時はとっくに過ぎてしまっていた。

雅哉との約束まであまり時間がない、取りあえず、家に戻って着替えければと急いだ。


 待ち合わせの時間より、少し遅れて約束のレストランへと入った。


 もう、すでに雅哉はテーブルに座っていて、私に手を上げた。

いつもの、スーツ姿では無く、カーキ色の綿パンに、黒のお洒落にロゴの入ったTシャツ姿だった。


私も、黒のパンツに、ちょっとおしゃれな白のロングシャツだ。


「お待たせしてすみません……」


「いえ、僕も今来たところです」

雅哉は、屈託のない笑みを見せた。


 雅哉の笑みに、胸の奥が、罪悪感なのかチクリと痛む。


「何にします? 僕はビールとピザ系かな?」

メニューを私にも向ける。


「私もビールで……」


 適当に頼んだ料理が運ばれてくる。

 どの、タイミングで話をしたらいいのだろう? 

 そんな事を考えると落ち着かない。


 だが……


「今日、横井さん大変だったみたいですね……」

 雅哉の言葉に、すっと仕事モードに頭が切り替わった。


「よくご存知で?」


「ええ、たまたま横井さんのお母さんに面談があったもので。水嶋さんに、また、助けてもらったって言って、感謝されていましたよ」


「そんな…… 実際何も出来ていないんですよ。今日も、協力してくれた看護師さんがいたから。そうそう、植山内科の、ベテランの看護師さんの名前ってご存知ないですか?」


「いや、あまり行かないですからね…… 分からないな……」


「そうですよね……」


 そんな話から、仕事の事での愚痴や充実した時の話で、雅哉との食事はあっと言う間だった。

 忘れていたわけじゃないが、私は、グラスに入った水を一口飲むと、プライベートの顔へと戻した。
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