手をつないでも、戻れない……
「えっ…… 違うわよ」

慌てて否定する私の顔に、雅哉はぐっと顔を近づけた。


「美緒さん、嘘は僕には通じませんよ」


「そ、そんな……」



「僕も、あんな熱い目で、美緒さんに見つめられたいな……」


「ちょ、ちょっと、何言って」



 雅哉は、私の顔からすっと離れ、軽く息をつくと少し険しい顔になった。


「あの人、結婚してますよね? 僕の車、あの人の店から買ったんですよ…… たしか、家族の話をしていたから……」



「そ、そうよ…… 私も車買うのよ」


言い訳が見つかったと思い、笑顔を見せたのだが……



「大丈夫ですよ。誰にも言ったりしないから…… 美緒さんを困らせるつもりは無いって言ったでしょ」

 雅哉は少し力無く、ベンチに腰を下ろした。



「だから言ったでしょ…… 軽蔑するって……」


 私は、雅哉とは逆の方を向いた。


「ほんとに……」


 雅哉は、缶コーヒーを握って下を向いた。


「ごめんなさい……」

 自分でも、何にあやまっているのか良く分からない。



「軽蔑出来たら、どんなに楽だろうな……」

 雅哉は、下を向いたまま、ぼそっと言った。


「えっ?」


 私は、雅哉の方へ顔を向けた。


 雅哉はゆっくりと顔を上げると、ニコリといつもの笑顔を向けた。



「美緒さん、今夜、食事に付き合って下さいよ」


「ええ、どうして?」

 私は、雅哉の意図が分からず、不穏な顔を向けてしまった。


「秘密を守るんですから、食事ぐらい付き合ってくれてもいいでしょ?」

 雅哉はケロっとして言った。


「そ、そんな……」


 私は、固く口を閉ざしてしまった。


「そんなに、怖い顔しないでよ。騙されてたと思って、食事に付き合って下さいよ。後で連絡するね」


 雅哉は、缶コーヒーを飲み干すと、ヒラヒラと手を広げて行ってしまった。


 雅哉の後ろ姿に、大きなため息が漏れた。

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