手をつないでも、戻れない……
 出張の朝、彼は車でアパートまで迎えに来てくれた。

 車の会社の部長だけあって、白い高級車が到着した。

 彼いわく、この車は、会社の宣伝ように安く買わされた車で、家で乗っているものとは違うらしい。

 少しだけ、ほっとして車の助手席に乗った。


 今日は、彼は打ち合わせが夕方まであるらしく途中で別れ、私は先にバスで温泉へと向かう事にした。


 平日のせいか、温泉街はあまり賑わっていないが、川のほとりをゆっくり散歩がてら歩くには、丁度よかった。


 それほど、大きくない宿だが、老舗の雰囲気がしっかり伝わり、綺麗で高級感のあるロビーに、思わずため息が漏れた。


 チェックインをすませ、仲居さんに部屋まで案内してもらう。


「おつれさまは、いつごろお着きになりますか?」

 感じのいい仲居さんが、お茶を用意しながら言った。


「夕方には……」


「そうですか…… 温泉はいつでも入れますので、ごゆっくりどうぞ……」


 日頃の疲れもたまっている。

 温泉に浸かるなんて贅沢は、久しぶりだ……


 しばらく、部屋で休んだあと、浴衣と着替えを持って、温泉へと向かった。


 露天風呂も、お湯の温度も申し分がない…… 

 すべすべになった肌に大満足だ。

 温泉の入口の隣になった、マッサージの文字に負け、一時間のコースを頼んだ。


 体もほぐれ、気持ち良く部屋に戻ると、丁度彼が部屋に入る所だった。
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