手をつないでも、戻れない……
 口に入れた焼き鳥は、やっぱり美味しすぎて、顔や緩んでしまう。


「好きだわ―。その顔」

 雅哉が嬉しそうに、こっちを見ていた。


「焼き鳥が、美味しすぎるんです!」

 私は、頬を膨らまして、ジョッキを口に運んだ。



「焼き鳥に感謝」雅哉は、焼き鳥に向かって手を合わせた。


 その姿に、思わず笑ってしまった。


 ビールと焼き鳥を交互に口に入れながら、仕事の話を楽しい時間を過ごしてはいたが、手元に置いたスマホが気になっていた。


 多分、雅哉も気付いていただろう……



 店を出て、ご馳走してもらったので、お礼と挨拶に頭を下げた。


「送るよ」


「雅哉さん、家どこですか?」


「この近く」


「だったら、いいですよ。私、西町なんで……」


「なおさら、一人で帰らせる時間じゃないよ」


「でも……」


「行くよ!」

 彼は強引に歩き出した。

 私も仕方なく横に並んだ。


 駅前までくると、雅哉は足を止めた。


「酔い覚ましに、コーヒー飲んでいかないか?」

 雅哉は、明るい照明のコーヒーショップに目を向けた。


「いいですね」

 コーヒーぐらいは、ご馳走しなければとも思ったからだ……


 店内に入ると、窓際の席へと座った。


 香ばしい香りのコーヒーに、ほっとする。

 雅哉も、落ち着いた表情でコーヒーを口に運ぶ。


 私は、コーヒーに気が向いていて、窓の外に通り過ぎた影に気が付かなかった。


 雅哉は、アパートの前まで送ってくれた。

 それ以上、何も言わず、いつもの笑顔で帰って行った。

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