手をつないでも、戻れない……
 う~ん。

 確かにエンジンの音が変な気がする。

 十年前に新車で買った車だが、十万キロを超えた。

 二か月後に車検を控えていて、その時でいいかとも思うのだが、彼と約束してしまった手前、名刺に書いてある住所へと車を走らせた。


 ガラス張りの店舗の中に、鮮やかな新車が何台も並らぶ横の駐車場に、オンボロの車を止めた。

 直ぐに、入り口から、営業担当らしい若い男性がにこやかに近づいてきた。

 新車を買う客だと思ったのが分かるくらいに、低姿勢な態度だ。



「どうぞ、今日はどのようなご用件で……」

 溢れんばかりの笑顔で、若い営業マンが出迎えてくれた。


「えっと……」

 彼の名前を出そうかと思った時だった。


「宮脇、後は僕がやるから」

 聞き覚えのある声は、スーツ姿の彼へと視線を向けさせた。


 確実に、私の胸はドキッと音を立てた……


 しかし、そんな事を知られるわけにはいかない。


「こんにちは」


 私は、にこやかに挨拶をするのが精一杯だ。



「あ、羽柴部長のお客様ですか」

 宮脇と呼ばれた営業マンは、少し残念そうに頭を下げた。


「まあ、入って」

 彼は、店舗の中へと手の先を向けた。


「ええ…… ただの修理でしょ、いいわよ」


 私は、新車を買わされちゃかなわないと、両手を横に振った。


「書いてもらう書類もあるし、修理にどのくらいかかるか分からないからさ」

 彼は、店舗の入口へと向かって行ってしまった。


 仕方なく、彼の後ろへ続いた。
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