手をつないでも、戻れない……
「樹さん…… 
私は、そんな事を望んでないの…… こんなに、私を思ってくれて嬉しかった。だけど、もう十分……」


「美緒……」


「もう一度逢えて、もう一度愛してもらえて…… でも、十五年前には戻れない……」


私は、ほほ笑んで彼を見つめると、涙が、すっと頬に伝わった。



 彼は、立ち上がると座ったままの私を、後ろから包み込むように強く抱きしめた。

 何も、言わない彼に、全て納得して別れの時が来たのだと思っていた……




 本音を言えば、別れたいなんて思っているわけじじゃない……


 ずっと、彼に抱きしめられたまま消えてまいたい……


 このまま、二人でどこかへ消えてしまえたらとさえ思う……


 でも、十五年前には戻れない事を、分かっているから……


 もう、私は、彼の手を離すしかない……




 そして、甘く切ない最後の夜……



 何故だか、これで別れだと言うのに、彼の胸の暖かさが、いつもより心地よく感じた。


 彼の、思いがどれほど切なく、深いものなかかも気付かず……


 溶けて無くなりそうなほど愛され、初めて、彼の腕の中で眠りにつくことができた。



 この時は、罪悪感から逃れられた事に、安堵したつもりでいたのかもしれない……
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