手をつないでも、戻れない……
見えない心
~樹~

 美緒の部屋を出て、始発にのる。

 たった三駅だが、遠く離れていく気がする。

 娘の受験が終わったら、妻には話すつもりでいた事は事実だった。



 十五年前、娘が出来て結婚したが、夫婦になってからは、体を重ねた事は、数回しか無かったように思う。

 十年前に、家を新築した際に、夜勤のある妻が気を遣い、お互い別々の寝室を作った。

 それから、妻の寝顔すら見たことがない。

 だからと言って、仲が悪いわけでもないし、穏やかな生活を送ってきたと思う。



 まだ薄暗い道を、重い足取りで家の前まで来た時、目に映った物に足が止まった。


 誰も居ないはずの部屋に、明かりが点いている。

 娘は、義母のところに行き、家には居ないはずだ。



 鍵を開け、そのままリビングへ向かう。


「おかえりなさい」

 テーブルに座る妻の姿に、一瞬ぎくりと首に力が入った。


「ただいま…… 夜勤じゃなかったのか?」

 ネクタイを緩めながら、妻を見ずに言った。


「急に、交代を頼まれたの……」


「そうか…… つい、飲みすぎて終電のがしちまった」


「そう……」

 妻は静かに言った。


「シャワー、浴びてくる」

 俺は、逃げるように部屋を出ようとしたのかもしれない。


「ねえ、あなた……」


 妻の声に、ドアノブに伸ばした手をそのまま止めた。


「うん?」
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