手をつないでも、戻れない……
 彼の指示で、修理担当らしき作業着姿の人が近付き、私は車の鍵を渡した。


 新車がよく見えるテーブルへと案内される。

 若い綺麗な受付の女性が、飲み物を聞きに来た。


「ホットコーヒーを……」

 遠慮がちに言った。


「結構な距離を乗っているよな? 二か月後に車検か……」

 いつの間にか車のダッシュボードから取り出した車検証を見て言った。


「まあ…… 仕事でも使うから……」


「修理するより、新しい車買った方がいいかもな?」


「ちょっと…… そんなつもりで来てないから」
 
 慌てて、言い返した。


「勿論分かってるよ。色々な方法があるって提案しているだけだから……」

 と、彼はニヤリと笑った。

 まったく、売上の為なら、昔の女にも声かけるって事か? 

 ちょっとムッとなって彼を睨んだ。


 そこへ、二人の間を割るようにコーヒーが運ばれてきた。


「お待たせしました。どうぞ」


 長い髪の先を綺麗にカールした、受付の子が営業用スマイルでコーヒーをテーブルに置いた。

 若くて綺麗な子だ。


 ふと自分の姿に、若くて初々しさを失った私は、彼の目にどう映っているのだろうか? 

 なんとなく、若い子と自分を比べてしまい、気落ちする。



「ありがとう……」

 軽く会釈してお礼を言った。


 私の気持ちを察したかのように、彼が言葉を発した。


「昔と、全然変わらないな……」


「えっ…… そんな事ある訳ないじゃない。何年経っていると思っているのよ。もう、三十五よ。自分でも年を感じるわよ」

 私はため息混じりに言った。


「いや…… 変わってないよ。思いっきり笑うところも、思ってる事がすぐ顔に出るところも、あの頃のままだよ……」

 彼はそう言って、コーヒーを口に運び、車の行き交う窓の外へ目を向けた。


「樹さんだって、変わってないわよ」


「あははっ。もう、おじさんだよ」

 彼は、目を細めて笑って言った。


「笑った顔、変わらないわよ」

 そう言って、目を合わせて笑った。


 本当に変わってないと思う。

 コーヒーを飲む仕草も、笑った顔も、クールな話かたも何も変わっていない。


 確かに、少し皺が深くなった気もするが、そこがまた、男らしさを上げている。



 だが、すべて過去の話…… 


 だから、今こうして穏やかに話ができているのだろう……
< 8 / 105 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop