手をつないでも、戻れない……
 その日の夜だった。

 私のスマホの画面に、彼の名が光った。

 昨日までは、電話には出ない覚悟をしていたのに、今の私は気持ちを抑える事が出来ず、スマホの彼の名に指を当てた。


 数か月も連絡がなかった彼が、電話をしてくるなど、よっぽどの事情があってのことだろう思う。


『もしもし……』


『あっ…… 俺だけど……』


『うん』

 久しぶりに聞く彼の声に、目の奥が熱くなってくるのを抑えるように、スマホ持つ手に力が入った。

 ずっと、聞きたかった声だ……


『元気か?』


『うん……  何かあったの?……』


 スマホの向こうで、小さなため息が聞こえた。



『妻が…… 美緒に会いたいって言うんだ……』


『どうして? だって、私達終わりにしたじゃない……』

 何故、今更…… 

 彼の家族を壊してはいけないとい気持ちは、今だって強く変わらない。

 だから、私は彼から離れたのに……

 どうして今になって……



『ああ、娘の受験が終わったんだ…… ごめん、妻との事は、まだ話がついている訳じゃないんだ……』

 彼の声も、少し困惑しているのが分かる……


『どういう事なの? さっぱり意味が分からない……』


『俺は…… 妻とは別れようと思っている』


『ど、どうしてよ? そんなの絶対だめ! あんなに仲良さそうだったじゃない!』



『落ち着け。俺は決めたんだよ。美緒とも、ちゃんと話をしたい。俺が美緒を守るから』


 彼の声が頭の中を混乱させる。
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