手をつないでも、戻れない……
『絶対ダメ! 無理よ……』
『美緒! 明日時間を作ってくれ……』
『ねえ…… 私の事、何て言ってあるの?』
『まだ…… 何も話していない……』
『だったら…… マリって言って』
『美緒…… もう、いいかから……』
『お願い!』
そう言って、私は彼の声も聞かずに、電話を切ってしまった。
一瞬、拳をギュッと握って目を閉じたが、すぐに、鞄を手にすると玄関を飛び出した。
きっと、奥様は怒ってる。当然の事だ……
ひどく、罵られるだろうが、それは仕方ない……
悪いのは私だ……
私が、もっともっと悪い女になればいい……
一気に走って、息を切らしながら開けたドアは、『hana』と紫色の看板がかかっている。
「コウちゃん! お願い助けて!」
突然の私の声に、勿論、驚いた顔をあげたのは、耳に大きなピアスをして、メークをした男だか女だかわからない人物だ。
「美緒どうしたの? 落ち着きなさいよ」
まだ客の居ないスナックのカウンターから、こうちゃんは慌てて出てくると、優しく私の頭を撫でた。
コウちゃんは、私の従妹で、hanaというスナックのマスター兼ママだ。
女の人より、女心が分かる姉のような存在だ。
「とにかく、話してごらん……」
私は、カウンターの椅子に座らされると、堪えていた涙がポロポロと落ちだした。
コウちゃんは、私の前にオレンジ色のカクテルを置いた。
私は、一口飲むと、今までの事を話しはじめた。
そして、私の頼みを縋るような思いで言った。