手をつないでも、戻れない……
「失礼します」

修理担当の男性が、彼の元へとやってきた。

「どうだった?」


「やはり、修理に時間がかかりそうですね。このまま、車検を通すと、かなりの金額になるかと……」


「ええっ」

思わず、悲鳴を上げてしまった。


「修理と車検を考えたら、新しい車に変えた方がいいかもなぁ……」

彼は真面目な顔で話はじめた。


「ちょ、ちょっと待ってよ……」


「勿論、すぐに決めろとは言わないよ。ただ、今、丁度いい新古車が出てるんだ。車検の見積もりと、合わせて考えてみろよ」

彼はニヤリとして言った。


「…… そうね…… だけど私、お客よ。考えてみろ! は、ないんじゃないの」

私は、不服そうに言った。


「それは、それは失礼しました。お考えになられてはいかがでしょうか?」

彼は、わざとらしく丁寧に頭を下げた。


その仕草に、思わず吹き出して笑ってしまった。

彼も、続けて笑い出した。


 付き合っていたあの頃も、こうやってよく笑った…… 

何も知らず純粋に彼を大好きでいられた……



「まあ、真剣な話、見積もり出すからちょっと考えてみろよ」

彼は、そう言って一枚の書類を出した。

住所など個人の情報を書くものだ。


 彼からペンを受け取ると、必要な部分に記入をして、書類の向きを変え差し出した。


 だが、書類を見た彼の表情が急に固くなった。



「水嶋って…… 美緒、結婚したんじゃなかったのか?」
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