僕らのチェリー
「もしあたしの好きな人がヨネだったらどうする?」
それは何気ない一言だった。
本当に何気ない一言で、おれは冗談だと思った。だけど振り返ってみると、笠原は今までに見たことのない真剣な目でじっと見つめていた。
いや、その視線は何度も感じていたことかもしれない。
ただおれ自身が気付いていなかっただけかもしれない。
おれは何も答えることができなかった。
時間は刻々と進むもので、おれはゆっくりと考える暇もなくその足でバイトに向かった。
いらっしゃいませ。
ありがとうございました。
繰り返されるその言葉の中に何の感情も感じられない。ヨネはぼーっとどこかを一心に見つめていた。
頭に浮かぶのは、いつもあの言葉ばかりだ。
笠原が言ったあの一言。
まさかな。
まさか。
あれは単なる冗談だ。
そう自分に言い聞かせてみても夕べに見せた笠原の真剣な目が冗談だと思わせない。
最後の客が店を出て三十分後ベルが鳴った。
「よお。なに辛気くせえ顔して突っ立ってんだよ」
変わらない笑顔。
というよりキョウのはどこか人を小馬鹿にした笑い方だ。
おれは構わず、棚の整理を続けた。