僕らのチェリー
バイトの帰り、おれは学校に寄った。
蝉の声が鳴き止まない。まだ桜が実らない緑色の並木道をゆっくりと歩きながら、その足はあの横断歩道の前へと着いた。
杏奈先生はここで亡くなった。
やっと認めることができたのはつい最近のことだ。
でもそれは表面上で認めただけで、もしかしたらと心の奥底ではまだ先生を追っていた。
「ヨネ君」
懐かしい、あの声。
あの頃の情景が目に浮かぶ。
先生がいなくなる二ヶ月前のことだった。まだ風が冷たく、おれと先生は二人で寄り添いながら帰り道を歩いていた。
「ねえヨネ君。もし他に好きな人ができたら、私に言ってね」
突拍子もなく杏奈先生は言った。
「突然なに?」
「だからもしもの話よ。他に好きな人ができたらちゃんと私に言ってほしいの。嘘をつかれるよりその方がいいから」
「先生。おれは先生に嘘なんかつかないよ」
拗ねて口を尖らせるおれに先生はくすり、と小さく笑った。
「知ってる。ヨネ君は嘘をつかないこと私、よく知ってるよ」