僕らのチェリー


「ごめん、澪」


扉を開けようとする奈美の手を澪はとっさに止めた。

大きなマスクの奥で、彼女に不釣り合いな痣が見え隠れしている。

どうして。

どうしてこんなひどい目に合ったのにあの男に会いに行くのか彼女の心が全く理解できなかった。

奈美は必死に抵抗するが、澪は絶対に手を離さなかった。


「今行ったらまたひどい目に合うよ。気持ちは分かるけど今は行かないほうがいいって」

「でも健二が、話があるって」

「そんなの呼び出すための口実に決まってるよ。なんで女に手上げる男なんかのところに行くのよ」

「離してっ、澪」


奈美は澪の止める声に耳を傾けず、頑として男のところに行くと聞かなかった。

そして奈美は澪の手を振り払って外に足を踏み出した。

思わず口に出してしまった。

話すつもりはなかったのに。


「奈美。あたしあの男に会ったよ」


振り向いた奈美の表情に、困惑の色が浮かんでいた。

いつの間にか着信音は止まっており、玄関内はやけに静かに感じた。
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